広報ふくさき 令和4年(2022年)4月号 6ページ ---------- ヒューマンライツ イン 福崎町 ---------- 「いじり」と「いじめ」 福崎東中学校1年(当時)なかやす まお  皆さん、いじることは楽しいと思いますか。いじられている人はいじられて楽しいと思っているのでしょうか。必ずしもすべての人がうれしいとは思っていないと思います。また、皆さんは、いじられたこと、いじったこと、いじられているのを見たことがありますか。私は、何度もそんな光景を見たことがありますし、自分がいじったり、いじられたりしたこともあります。  いじられている人というのは、たいてい、いつもニコニコして何もなかったようにしています。いじっている人が皆、楽しそうに笑っているから、まさか自分がいじめられているとは思わないのでしょう。また、もし自分がいじめられていると分かったとしても、怖くて、「やめて」と言い出せないのではないでしょうか。周りの人たちもその場の空気で楽しんでいる人たちにおじけづいてしまって、見て見ぬふりをしてしまうのだと思います。そして、いじられている人も笑って、嫌な顔一つせず楽しんでいるように見えるので、「大丈夫なんだ」と思ってしまうのでしょう。  私はこれまでにいじられたことがあります。最初は、軽くちょっかいをかけてくるくらいの「いじり」でしたが、次第にからかわれたり、嫌なことを言われたりしました。私の場合は、「やめて」と言えたので、長くは続きませんでしたが、その時に思ったのは、「いじりは誰もが一度は経験する、とても身近に起こるものなんだ」ということです。また、悪意を持ったいじりをされることは、恐ろしいことなんだと思いました。いじっている人からすれば、特に理由もなくただいじっているだけかもしれませんが、いじられている人からすれば、いじられていることは、いじめられていることと同じと感じるのです。  私は、いじられることは、その人にとって決してうれしいことではなく、本当は嫌な思いをしているのではないかと思います。いじりは仲の良い人たちからされることが多く、嫌われたくないという思いが強いために、「やめて」の一言がなかなか言えず、周りの人に助けを求められないのが、つらいところだと思います。  私は、こんな恐ろしい、悪意のある「いじり」や「いじめ」をする人がいなくなってほしいと思います。「いじり」や「いじめ」は人をひどく傷つけるということに気づいてほしいです。他人を傷つけて笑いを取るのはやめて、嫌な思いをしている人、苦しんでいる人たちに優しく手を差し伸べることができる人がもっと増えればいいなと思います。  しかし、いじっている人は、相手が嫌な思いをしていることには気づいていないものです。だから、いじられている人が勇気を出して「嫌だ」と言ったり、いじりを見かけた人が見て見ぬふりをせずに「それはおかしい。やめてあげて。」と言ったりしていかなければ、「いじり」や「いじめ」はなくならないと思うのです。まずは、私自身が絶対に「いじり」や「いじめ」をせずに、そうしたことで嫌な思いをしている人、苦しんでいる人を見かけたら勇気を出して手を差し伸べようと思います。 --------- ポスター作品 福崎西中学校3年(当時)かわばた ことみ 福崎小学校5年(当時)おおつか そら 田原小学校1年(当時)おかだ そうま 福崎東中学校1年(当時)ふるた ゆい ---------- 人権標語 ありがとう あったか笑顔で あふれる笑顔 田原小学校4年(当時)いわもと そら 思いやり プラスの言葉 たいせつに 八千種小学校4年(当時)なかつか ゆうな 人は人 自分は自分 みんなちがう 福崎小学校5年(当時)すぎもと あおい ほら君も いろんな色を 持っている 福崎西中学校1年(当時)かき ななこ