広報ふくさき 令和8年(2026年)3月号 10ページ ---------- 福崎町文化財だより(89) 2ページ目 ---------- 令和7年度 埋蔵文化財発掘調査速報 長目北中才遺跡(長目地区)  個人住宅新築工事に伴う試掘調査により、新たに発見された遺跡です。多量の弥生土器片を含む遺構が確認されました。  調査範囲が限られていたため遺構の性格は不明ですが、土器の特徴から弥生時代中期後半(約二千年前)のものということが分かります。長目地区の南端に位置する藤田神社周辺には弥生時代の遺跡として知られる「南田原長目遺跡」が存在していますが、今回の調査はその北側にも古くから人々が生活したことが分かる貴重な成果となりました。 写真=長目北中才遺跡弥生土器出土状況 鍛冶屋遺跡(鍛冶屋地区)  鍛冶屋遺跡は、現在の鍛冶屋集落西側に広がる古代から中世の遺跡として知られています。  個人住宅新築工事に伴う確認調査を実施したところ、ピットの中から須恵器の山茶碗がほぼ完全なかたちで出土しました。土器のかたちから平安時代後期のものと考えられます。 写真=鍛冶屋遺跡須恵器出土状況 写真=土器をていねいに取り上げるようす ---------- 歴史民俗資料館だより 戦後80年 福崎と戦争 区有文書が伝える戦争 近隣空襲地への救援  本年度特別展にて取り上げました資 料をご紹介します。  昭和20年7月3日深夜から4日未明にかけて姫路大空襲があり、市街地は壊滅的な被害を受けました。区有文書には、その被害に対して救援を行っていたことを示す文書があります。  一つは、4日付で「至急」の朱印が押された通達書です。戦災援護物資の供出命令が伝えられ、田原村では布団類179点や衣類909点、食器1871点が割当てられ、各地区で分担し買上品として荷造りされました。  その他に、戦災農家に対して余っている稲苗を集めて寄付をしたり、被害を受けた備蓄倉庫の麦を飼料として買い取りを行う旨の文書があります。これらの対応は、空襲から1週間ほどのうちに行われ、一刻も早い救援が目指されていたことが推測されます。  町村単位だけでなく、近隣地域で支え合っていた様子を知ることができます。 写真=戦災援護物資にかかる通達書  辻川区有文書 昭和20年7月4日通達書に記載された荷札様式。 「戦災援護買上物資」の文字が見られます。 昭和の福崎に関する写真・資料を探しています  令和8年は、昭和元年から起算して満百年を迎えます。その節目にあたり、昭和の福崎の町並や生活風景の写真、商店街・個人商店の写真、昭和のポスター・広告、看板等を探しています。資料の情報をぜひお寄せください。 写真=昭和40年頃の福崎駅 問い合わせ先 歴史民俗資料館 電話22−5699