広報ふくさき 令和8年(2026年)8月号 6ページ ---------- ヒューマンライツ イン 福崎町 人の気持ちを考えて 八千種小学校6年(当時)うざき のぞみ  最近、私の周りで 「死ね。」 「ウザい。」 など、相手を傷つける発言をしている人が多くなってきています。そんな言葉を聞くと、私が言われているわけではないのに、いやな気持ちになります。  私も、何回か「死ね。」と言われたことがあります。下校中、班長の私をぬかした子がいました。 「ちゃんとならんで。」 と言っただけなのに、 「死ね。」 と言い返されました。なぜ、そんなことを言うのだろうと、悲しくなりました。後で、あやまってくれたけれど、悲しい気持ちが残りました。そんなに簡単に「死ね。」と言わないでほしいと思いました。  全ての人は、傷つけられたり、いじめられたりしない「人権」を持っています。「死ね」という言葉は、その人権を傷つけるひどい言葉の一つです。この言葉を言われ続けたせいで、学校に行けなくなったり、自殺してしまったりする人もいるそうです。インターネットで調べてみると、2023年は、21,818人の人が自殺でなくなっていました。そして、15才から31才の各年代の死因の第一位は「自殺」となっています。その中でも、小中高生、つまり私たち子どもの自殺が、ふえ続けているそうです。  赤ちゃんが無事に生まれてくる確率は85パーセント。つまり約5人に1人は、生まれてくることすらできません。私たちの命は、とても大切なものなのです。それなのに、なぜ、簡単に「死ね」などと言えるのでしょうか。世界でたった一つの命なのに。  なぜ、そんなことを言うのか、一度、周りの子に聞いてみました。「言ったらすっきりする。」「ふざけて言っている。」「八つ当たりみたいな感じ。」などの理由がありました。その中でも一番多かった理由は、「思わず口から出てしまう。」というものでした。言う人は本気で死んでほしいと思って言っているわけではありません。けれど、言われた人は、とても悲しい気持ちになります。真に受けて、自分なんかいない方がいいかな、んだ方がいいかな、と思ってしまう人が、いるかもしれません。そうなると、大変なことになります。  次に、そういう発言をする人に対して言われた人がどう思うかを聞いてみました。「なぜ、そんなことを言えるのか分からない。」「おかしい。」「近よりにくい。」「人のことを考えていない。」「なんか、悲しくなる。」という意見がありました。だから、人を傷つけるようなことを言っていたら、人がはなれていくし、信用できない人だと思われます。感情のせいぎょができずにそういう言葉を使ってしまうと、言っている本人も困ることがたくさんあると思います。  言葉一つで、人間関係がよくなることもあるし、悪くなることもあります。仲がいい人であっても、相手の気持ちを考えて話すことが必要です。私は、言葉で相手を傷つけるのではなく、言葉で相手を笑顔にできる人になっていきたいです。 --------- ちがう「当たり前」 田原小学校6年(当時)まつだ りんと  ぼくは学校が大好きです。勉強は別に好きではないけど、友だちと遊んだり、話したりできる学校は大好きです。そんな学校へ行くことを、ぼくは当たり前だと思っていました。休む時は、かぜをひいたりして体調が悪い時だけだと思っていました。  5年生になってすぐ、気分が悪くて学校に行きたくても行けなくなりました。行こうと思うのに、気分がずっと悪いままで、学校へ行ける日はどんどん少なくなりました。そして、家で過ごす日がどんどん増えていきました。  家にいる間、学校のみんなは何をしているのかなとか、ぼくはこれからどうなるのかなとか、いろんなことを考えて、どんどん不安になっていきました。学校へ行くのが当たり前だと思っていたのに、ぼくにとっては家にいることが当たり前になってしまいました。  先生や友だちのことを考えると、もっと不安になりました。学校へ行かないぼくを悪い人だと思っているかな、なまけ者だと思っているかなと、こわくなりました。  そんな風に過ごしていると、すごく気分は悪いけれど放課後に少しだけ保健室へ行けるようになりました。その時に、保健室の先生や担任の先生、校長先生はぼくのことを、 「よく来たね。」 と受け入れてくれました。みんなとちがう時間にしか学校へ行けないぼくを、変な目で見ずに受け入れてくれました。  友だちも、ぼくのことを見かけると、 「おう。」 とか、 「また遊ぼな。」 と、今までと変わらずに話しかけてくれました。みんなと違う毎日を過ごしているぼくを、先生も友だちも受け入れてくれました。  毎日学校へ行くのが当たり前だったぼくと、毎日学校へ行けないことが当たり前になってしまったぼくを、変わらず受け入れてくれたことがとてもうれしかったです。  ぼくは今、学校へ行くことが当たり前の毎日を過ごすことができています。でも、世の中にはぼくとはちがう、いろんな当たり前の毎日を過ごしている人がいます。これから自分とはちがう当たり前を過ごしている人と出会っても、ぼくはその当たり前を受け入れたいと思います。 --------- ポスター作品 福崎小学校2年(当時)こばやし かな 田原小学校3年(当時)えんま ひより 福崎西中学校2年(当時)いしかわ さあや 福崎東中学校2年(当時)しみず ふうわ ---------- 人権標語 相手が傷つく 言葉の刃を おさめよう 福崎小学校4年(当時)はしもと みのり こわさないで 自分の心 人の心 田原小学校4年(当時)かわかみ たいせい 見逃すな 一人の本音と その涙 福崎東中学校3年(当時)あだち さき 違いこそ 力にできる 第一歩 福崎西中学校3年(当時)ふじわら りの