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あしあと

    國男ゆかりの地

    • [公開日:]
    • ID:132

    利根町(茨城県)

     柳田國男は明治20年(1887)に播州を離れ、茨城県北相馬郡布川町(現利根町)で医院を開業していた長兄・松岡鼎のもとに引き取られ、少年期を過ごしました。町内には柳田國男記念公苑(國男が第二の濫読時代を過ごした小川家を復元)や、徳満寺(國男が「寒いような心になった」と記した「間引絵馬」を見学可能)があります。

    我孫子市(千葉県)

     松岡鼎は明治26年(1893)に布川町から利根川の対岸の千葉県南相馬郡布佐町(現我孫子市)に移り、医院を開業しました。市内には竹内神社(松岡鼎・柳田國男・松岡静雄らが建てた、日露戦争の旅順攻略記念碑がある)や、勝蔵院(兄弟の父・操、母・たけ、鼎が眠る墓地がある寺)があります。

    飯田市(長野県)

     柳田國男は明治34年(1901)に飯田藩出身で大審院判事の柳田直平の養子に入り、松岡姓から柳田姓になりました。3年後には、直平の四女・孝と結婚しています。飯田市美術博物館には、国の登録有形文化財「喜談書屋」(國男の書斎で「民俗学研究所」として使用され、昭和63年(1989)に東京都世田谷区から移築)があります。

    世田谷区(東京都)

     柳田國男は昭和2年(1927)に東京府北多摩郡砧村(現世田谷区成城)に移り住み、昭和37年(1962)に亡くなるまで研究をつづけました。昭和22年(1947)には書斎を「民俗学研究所」とし、日本民俗学の発展に寄与しました。國男の死後、蔵書は区内の成城大学に寄贈され、「柳田文庫」として研究に役立てられています。

    田原市(愛知県)

     柳田國男は明治31年(1898)に画家の宮川春汀の話をきっかけに、愛知県県渥美郡伊良湖村(現田原市)を訪れました。その間、毎朝伊良湖岬まで海岸を歩き、さまざまな漂着物や漁師の生活を観察しています。台風が通過した朝、海岸にうちあげられた椰子の実を見たことを後に詩人の島崎藤村に語ったことが「椰子の実」の詩がうまれるきっかけになりました。

    椎葉村(宮崎県)

     柳田國男は明治41年(1908)に中国・四国・九州への出張の途中で宮崎県西臼杵郡椎葉村(現東臼杵郡椎葉村)を訪れました。村長の中瀬淳の出迎えを受け、村内の旧家で狩猟に関する古文書を読み、話を聞きました。それらをもとに明治42年(1909)に書かれた『後狩詞記』は、國男の初期三部作の一つとして知られています。

    遠野市(岩手県)

     柳田國男は明治41年(1908)に岩手県上閉伊郡土淵村(現遠野市)出身の佐々木喜善に出会い、遠野地方に伝わる民話を聞きました。その話に大変感銘を受けた國男は、本にして出版することを決め、明治43年(1910)に國男の初期三部作の一つとして知られる『遠野物語』がうまれました。

    宮古島市(沖縄県)

     柳田國男は大正10年(1921)に九州・沖縄地方の旅の途中で、沖縄県宮古郡平良村(現宮古島市)を訪れました。御嶽(祭祀を行う場所)や石敢当(魔よけの石碑)を観察し、この旅で見聞したことを『海南小記』にまとめました。その後も國男の沖縄や南方への関心は尽きず、最晩年の著作『海上の道』につながっていきます。

    お問い合わせ

    福崎町役場社会教育課

    電話: 0790-27-8620 ファックス: 0790-22-0630

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