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柳田國男の世界

[2014年2月3日]

おさな名を 人に呼ばるるふるさとは 昔にかへるここちこそすれ 國男
柳田國男

 柳田國男は、明治8年、田原村辻川(現福崎町西田原)に父松岡操、母たけの6男として生まれました。上京後、歌人松浦萩坪に師事し、森鷗外や田山花袋ら文学仲間と交流を深め、「文学界」に新体詩を発表しました。しかし、「なぜに農民は貧なりや」ということばに示されるように、社会構造に対する疑問から、農政学を志しました。
 東京帝国大学卒業後、農商務省などに勤めるかたわら各地を旅して、地方に残る習俗や伝承に注目し、『後狩詞記』『遠野物語』などの民俗学への道となる書を著しました。雑誌『郷土研究』の創刊は、民俗学が独自の領域と主張を持つための基礎づくりとなりました。
 大正8年に官界を去り、翌年朝日新聞社の客員となって、全国を調査旅行し、『海南小記』などの紀行文を発表。昭和5年、同社を退職後はますます民俗学に専念し、雑誌『民間伝承』の創刊や、民俗学研究グループの拡大に取り組みました。その後の半生は、日本各地の伝承記録の集大成に力を注ぎ、日本民俗学を確立するとともに、『民間伝承論』『海上の道』など、多くの著作を残しました。

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福崎町役場社会教育課

電話: 0790-22-0560 ファックス: 0790-22-0630