紙本着色金剛界曼荼羅(町指定重要文化財 絵画)
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縦120.8センチメートル、横121.4センチメートルの紙本着色の一幅です。
曼荼羅には、『大日経』にもとづいて描かれた胎蔵界曼荼羅、『金剛頂経』にもとづいて描かれた金剛界曼荼羅があり、本図は金剛界曼荼羅です。金剛界曼荼羅の多くは九つの区画からなる「九会曼荼羅」ですが、本図は中心部の成身会(根本会)の一会だけを描いています。このような成身会だけで表した金剛界曼荼羅は、慈覚大師円仁(794~864)が請来した金剛界八十一尊曼荼羅と呼ばれ、主に天台系寺院に多く伝わる形式の曼荼羅です。しかし、八十一尊曼荼羅が四隅に四大明王を配するのに対して、本図は四大明王が火焔を帯びた三鈷杵に変更されており、七十七尊構成になっているのが特徴です。
同様の構成を持つ七十七尊の金剛界曼荼羅としては、江戸時代の真言僧・浄厳(1639~1702)が創案流布した「新安祥寺流曼荼羅」があります。当時の将軍徳川綱吉の帰依を受けて木版彩色本が数多く制作され、西日本を中心に流布しましたが、制作・流布していた時期は限られており、全国では30例ほどが確認されているのみです。また、江戸時代に流布していた八十一尊曼荼羅としては、天台密教に広く流布した形式の京都・妙法院の版本(以下、妙法院本)があります。本図は妙法院本と新安祥寺流曼荼羅の折衷的な位置付けにあると考えられ、制作時期は不明ですが、絵画様式と図像の観点から江戸時代中期(18世紀)頃の作と推定されます。
本図は七十七尊構成であること、天台密教で広く流布した妙法院本と、限られた時期にしか制作・流布されていない新安祥寺流曼荼羅の折衷様式である作例として貴重な資料です。